TSUMASABURO BANDO
阪東妻三郎

愛称:阪妻
本名:田村 傳吉
1901年12月14日
- 1953年7月7日(享年51歳)
出身地:東京神田

阪妻寫眞画廊

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1923年(大正12年)マキノ映画『鮮血の手形』に初主演(22歳)以来、
200本を超える映画に出演。また1925年には俳優としては初めての
独立映画制作会社「阪東妻三郎プロダクション」を設立する。あたり
一面竹藪だった太秦を切り拓き自社スタジオを構える(現在の東映
京都撮影所)など、先進的な事業にも積極的に取り組んだ。
1953年(昭和28年)『あばれ獅子』の撮影中に
脳内出血で倒れ、同年7月7日に亡くなった。

-主な作品-
1923年(大正12年)『鮮血の手形』
1924年(大正13年)『雪の峠』『血桜』 『逆流』
1925年(大正14年)『江戸怪賊伝 影法師』『三人姉妹』
『落花の舞』『雄呂血』『魔保露詩』
1931年(昭和06年)『牢獄の花嫁』
1936年(昭和11年)『魔像』
1937年(昭和12年)『血煙高田の馬場』
1940年(昭和15年)『大楠公』
1941年(昭和16年)『江戸最後の日』
1942年(昭和17年)『将軍と参謀と兵』『維新の曲』
1943年(昭和18年)『無法松の一生』
1945年(昭和20年)『狐の呉れた赤ん坊』
1948年(昭和23年)『王将』
1949年(昭和24年)『破れ太鼓』
1952年(昭和27年)『丹下左膳』
1953年(昭和28年)『あばれ獅子』

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